図1. 卵形成と初期発生
卵母細胞はその形成過程(卵形成; 図1)で1万種類を超える転写産物を蓄えます。これら転写産物を含め、卵母細胞に蓄えられる因子を母性因子と呼びます。卵形成は古くから形態学的に、あるいは生化学的に解析されてきました。しかし、1万種類を超える母性因子がどのように卵母細胞に蓄えられるのか、これら因子はどのように生物の誕生を可能にし、個体を形作っていくのか、これら多くの疑問は未解明のままです。ゼブラフィッシュは飼育が容易で世代交代にかかる期間が短いため、遺伝学的解析に適しています。これまでにゼブラフィッシュを用いた大規模な母性効果変異体のスクリーニングが行われ、卵形成と初期発生に重要な数十種類の母性因子が見出されました。これらの研究から、母性因子は受精とその後の初期発生を進行させるために、想像を超えて多くの役割を持つことが分かってきました。しかし、今までの母性効果変異体は化学変異原によって作出されています。これは、変異体の解析を困難なものとしています。私たちは化学変異原ではなく、動く遺伝子、トランスポゾンを利用し母性効果変異体を作製しています。そのスクリーニングによって、魚類から哺乳類まで高度に保存された新規遺伝子を同定し、そのタンパク質が初期発生における細胞の相互作用と体節形成、さらにヘッジホッグシグナルの遺伝子発現に重要であることを見出しました (Kotani and Kawakami, 2008; Kotani et al., 2010; Kotani, 2012)。このタンパク質の機能解析によって、体節形成の新たな仕組みも明らかとなってきました。現在、新たにスクリーニングを実施し、新規母性因子の同定とその機能解析を行なっています。その解析は、動物の個体を作り出す仕組みの解明になります。
図2. ゼブラフィッシュとマウス卵母細胞における cyclin B1 mRNA の分布
卵母細胞が成長する過程で転写される mRNA の多くは、タンパク質を合成しない (翻訳を抑制された) 状態で細胞質に蓄えられます。興味深いことに、卵母細胞は排卵直前に減数分裂を再開すると転写を停止します。ゼブフィッシュでは1000細胞期に、ヒトでは8細胞期に、マウスでは2細胞期に新たな転写が始まります。 したがって、転写が停止している期間のすべての現象と転写の開始、さらにその後の初期発生は主に、細胞質に蓄えられた mRNA が必要な時期に必要な部位で翻訳されることで進行します。私たちは、卵母細胞が成熟し受精に備える過程 (卵成熟; 図1) に重要な cyclin B1 mRNA がどのように細胞質に蓄えられ、どのような制御を受けて必要な時期と場所で翻訳されるかを研究してきました。mRNAを高感度・高解像度で検出できる最新の技術を用い cyclin B1 mRNA を検出した結果、翻訳を抑制されたこの mRNA はゼブラフィッシュ卵母細胞の細胞質で顆粒状の構造をとり分布することが明らかとなりました (Kotani et al., 2013; Takei et al., 2018; 図2)。この mRNA の高次構造はマウスにおいても保存されています。多くの解析を重ね、mRNA の顆粒状の構造は翻訳の抑制状態の維持に重要であること、この構造が消失し、mRNA が細胞質に拡散することで翻訳が開始することが分かってきました (Kotani et al., 2013; Nukada et al., 2015; Kotani et al., 2017)。さらに、この構造は cyclin B1 mRNA に特有のものではなく、同じく卵母細胞の成熟に重要な mos mRNA においても共有されることが明らかとなりました (Horie and Kotani, 2016)。現在、この制御機構は卵成熟で翻訳される他の多くの mRNA に共通のメカニズムであることが明らかとなってきました。私たちはさらに、卵成熟で翻訳される mRNA のみでなく、受精後に翻訳される mRNA を対象に研究を進めています。同時に、mRNA の高次構造はどのように形成されるのか、その消失はどのように引き起こされるのか、新たな課題の解決に挑戦しています。私たちの研究は今までにない視点と新規の技術で卵形成と初期発生の仕組みに迫るもので、研究を進めるほどに予想できない新たな発見が次々と得られます。
細胞質における mRNA の局在と翻訳制御は、現在では様々な生物種と多くの種類の細胞に見ることができます。つまり、mRNA の局在と翻訳制御はすべての生物の細胞に普遍的な制御機構だと考えられます。しかし、この分野の研究は始まったばかりです。私たちの研究は卵形成と胚発生のみでなく、生物に共通する普遍的な現象の解明につながります。